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ピラビタール

息をこらえて 目を閉じて 夜のふちへ

生殖を禁止しましょう

産む・生まれる

子供を産んではいけないと思います。なぜか。生まれたいかどうかという子供の自由意志を無視しているからです。胎児の時点で「生まれたいかどうか」を尋ね、胎児が「yes」と答えた場合に限り産むべきです。そうしないと、胎児が「生まれたくない」と望んでいるにも拘わらず、その意志を無視してこの世に産み落とすという、極めて残酷な行為をすることになりかねません。そして「yes」という返答がない以上、子供を産んではいけません。

いや、胎児の時点で聞くのは遅いのかもしれません。すでに命ある個体になっているのだから。本当は、受精前の段階で尋ねるべきでしょう。命として誕生したいかどうかを。そしてそのような対話をすることが現実できない以上、生殖をしてはいけません。あらゆる生殖・出産は親の利己的行為であり、他人の自己決定を無視した行為であることを前提とすべきです。

人間は生死を含む全ての活動に自由に主体的に自律的に関わるべきです。この世に生まれ出づるかどうか、そんな人生で一番大事な決断を、他人が下すなんて言語道断です。生まれるかどうかは、当事者である、これから生まれる子供が決めるべきことです。*1

他者の自己決定を尊重する精神が初めから人類にあれば、人類が人類として誕生したその一世代目で終わったはずなのに。今日も私たちは子供の自己決定を無視して産み落とし、増え続けています。

*1:「子供を産むかどうかは当事者である両親が決めるべきことだ」という見解をよく目にしますが、とんでもないことです。当事者は親ではありません。当事者はこれから生を与えられる者です。