ピラビタール

息をこらえて 目を閉じて 夜のふちへ

自然、食物連鎖について言うべきこと

苗野「……という理由から、私は動物を食べるべきではないと思っています」

先生「でも、ヒトは何万年も何十万年も前から動物を食べて生きてきたんですよ」

 

ため息が出る。興味を持って質問してくれた人に対しては、なるべく丁寧に説明してみることを心掛けてはいるものの、先生を相手にし、できうる限り詳細な説明をし終わった後にこのレベルの反論をされると、全身の力が抜ける。

 

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人類をあらしめよ?

破壊される地球環境と、日々殺戮される動物たちを憂い、人類の絶滅を願う声を聞くことがある。「いっそのこと人類が絶滅してしまえばよいのだ」。しかし、言ってみれば極めて「ナイーブな」その解決策に対する、無責任であるとの批判も聞く。滅びる前に、地球を以前の状態に戻すべきだろう、人類にはその責務があるだろう、と。

 

この批判には確かに説得力を感じる。借りた部屋を汚したならば、出て行く前にきれいな状態に戻すべきだろう。散々汚しておいて、後始末は次に住む者に任せる、というのは確かに無責任極まりない。しかし、地球を以前の(「以前の」とは果たしていつの状態のことなのかも問題だが、ひとまずそこはおいておく)状態に戻すまで、「人類は滅ぶべきではない」と言ってしまうことにもまた、問題がある。

 

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事実とか価値とか

あにまるえしっくすのアカウントで、noteを少しづつ公開しています。先ほど、「事実とか価値とか」というタイトルで掲載しました。こちらにも、全文を載せます。

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 『講座 あにまるえしっくす』第0回「倫理学を始めよう!」では、健全な倫理的判断は妥当な「理由」を必要とし、そして妥当な理由は3つの条件を備えていなければならないと解説しました。3つの条件とは

①普遍的な視点を備えていること
②一貫性を備えていること
③正確な事実に基づき、かつ、事実と価値を区別していること

なのでした。今回は第3の条件のキーワードである「事実」と「価値」を中心に、本編で解説できなかったことを少しだけ補足します。

 

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反共感論

夏休みです。先週までの札幌は夜も眠れない猛暑でしたが、ここ数日は涼しく穏やかな晴天が続いています。しかし、今朝の南区のヒグマ射殺のニュースで、内心は穏やかではないです。野生動物との共生の問題についても、あにまるえしっくすで議論しなければならないのですが、勉強がまだ追いついていません。


『反共感論』。道徳心理学の本です。タイトルの通り、「共感」に反対するものです。無条件に肯定されがちな「共感」が実は極めて多くの負の側面をもち、道徳的な推論において私たちを誤った方向へ導く、ということを力説しています。個人の倫理的判断から国家の政策レベルの話まで共感の問題点が説かれますが、個人的に強く興味をもったのは倫理とは直接関係のない、第4章の「思いやりの訓練」のところです。共感を抑制し、苦しむことなく人に思いやりを示すことの素晴らしさについて書かれており、これは共感力の高さゆえに生きづらさを抱えるすべての人にとって有意義な助言になるのではないかと思った次第です。大切な大切な人に特に知ってほしいところだったので、その部分の記述が長めになりました。

 

反共感論―社会はいかに判断を誤るか

反共感論―社会はいかに判断を誤るか

 

 

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種差別と合理的な区別

動物愛護、動物保護、動物の権利に関わる議論では、「種差別」という単語が頻出する。そして「種差別」という語の意味するところが人によって異なっていたり、曖昧であったり、感情的に使用されたりするため、議論は時に不毛になる。「種差別」概念を受け入れられないという人は少なくないが、それは語る側の不用意な使用にまったく責任がないわけではない。今回の記事ではその意味するところをできるだけ正確に記述したい。

 

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