ピラビタール

息をこらえて 目を閉じて 夜のふちへ

「である」と「べき」の断絶 その3

「である」と「べき」の断絶 その2 のつづき

  

世界保健機構(WHO)によると、大麻マリファナの使用がもたらす健康面への急性の影響として、認知能力の発達や精神運動機能への障害があるという。また、慢性の影響として以下のようなものが挙げられる。認知機能が選択的に損なわれ、時にはそれが恒久的なものになること。大麻への依存。統合失調症の悪化。気管および気管支の上皮傷害。肺炎症。感染症に対する肺の抵抗力の低下。胎児の発達障害と出生時体重の減少。これらは、大麻の使用が道徳的に誤りであることを示している。

(ジュリアン・バッジーニ、ピーター・フォスル〔著〕、長滝祥司、廣瀬覚〔訳〕 『倫理学の道具箱』共立出版、p.189、四・八 「である」と「べし」のギャップ)

 

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「である」と「べき」の断絶 その2

「である」と「べき」の断絶 その1 のつづき

 

『講座 あにまるえしっくす』第5回では、人間の道徳的地位の特権性や種差別を、事実判断を根拠に正当化しようとする推論について、反論を行う予定である。我々が反論すべきこの推論は、事実判断のみを前提として、結論に倫理的価値判断を導こうとする構造をもっている。

 

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「である」と「べき」の断絶 その1

ゆび子さんの労力によって、先日『講座 あにまるえしっくす』第4回「人間はそんなに特別なのか?」とコラム2「#トランス女性は女性です」を公開することができました。そしてコラム2では、「事実判断から価値判断を導く」という議論の問題について第5回で扱うと予告しました。ヒュームの法則に言及し、「事実判断のみから価値判断を導くことはできない」、あるいは「それは演繹的に妥当な推論ではない」ということを論じるつもりです。アイデアを整理するために、ここにまとめておきます。

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ビーガンという生き方

 漫画『講座 あにまるえしっくす』の作画担当者が、第3回よりおにぎりさんから紡音ゆび子さんに交代しました。2月6日に第3回「どうして犬を蹴ってはダメなのか?」を公開し、2月12日にコラム1「動物が好き?いいえ、正義の問題です」を公開しました*1。コラム1は、動物解放運動は社会正義の問題であると訴える内容であり、今回の書評を書かせて頂くマーク・ホーソーン『ビーガンという生き方』にも少し通じる内容かなと思います。

 

ビーガンという生き方

ビーガンという生き方

 

*1:なお、コラム1に関して、『ビーガンという生き方』の翻訳者である井上太一さんから、重大なミスを教えて頂きました。実は、シンガー夫妻を招待した女性と、犬猫を飼ってハムサンドを食べていた女性は別人だったのです。要するにお茶の場に女性は2人いたのですね。私は2008年出版の『動物の解放 新版』の序文を参考にこのマンガの原作を作ったのですが、あの序文を読んだらそこにいた女性は1人だったって勘違いしても仕方ないよ!許して下さい。折を見て、あにまるえしっくすのアカウントで訂正ツイートをする予定です。

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レーガンの動物権利論

2018年最後の記事です。前回12月28日に「カントの間接義務論」を論じ、その最後にカント主義からトム・レーガンの動物権利論への接続に触れたので、今回はレーガンの理論についてまとめます。とは言っても、トム・レーガンの書籍は日本語に翻訳されているものが1冊もなく、また原著も難しいです(買ってみたものの、本棚の飾りになっている状態です)。

 

日本語で読めるトム・レーガンのまとまった文章は、ピーター・シンガー[編]『動物の権利』技術と人間に収められているレーガンの「動物の権利」、小原秀雄[監修]『環境思想の多様な展開 環境思想の系譜3東海大学出版会に収録されている「動物の権利の擁護論」(これは1983年のThe Case for Animal Rightsの一部を翻訳したもの)くらいです。なのでこの二編と、あとは動物倫理のテキストから拾えるレーガンの理論を概観して、まとめました。

 

  1. 功利主義
  2. 生の主体
  3. 菜食主義の擁護
  4. 家畜動物がいなくなることについて
  5. 絶滅危惧種について
  6. 人間の権利と動物の権利
  7. 哲学者の仕事と「抑制された熱情」

 

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