ピラビタール

息をこらえて 目を閉じて 夜のふちへ

説得力と魅力とのバランス

質問箱に届けられていた質問に答えたいと思います。最初の質問は8月27日に届いていました。3ヶ月も経過していたのですね。大変長い間お待たせしてしまい、すみませんでした。昨日のシンガーの「飢えと豊かさと道徳」の紹介と自身の見解の表明で、質問者さまの疑問に対してある程度は回答できたとは思うのですが、一応、改めて回答を作りました。正直、納得して頂けるかどうかあまり自信はないですが……。

 

まずはブログの読者さんが何の話かわかるように、質問のリンクを。めっちゃ長いです。

8月27日に届いた質問11月30日に届いた質問

 

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飢えと豊かさと道徳

 一昨日、映画を観てきました。話題になっている『ボヘミアン・ラプソディ』です。泣きました。私はQUEENというバンドのことはよくわからないのですが、兄が大好きでよく流していたので、知っている曲が多かったです。

 

 で、私は映画を観てきたわけですが、それに関連する質問がだいぶ前、8月下旬に質問箱に届いていました。その質問に対しては今回の記事ではなく次回の記事で答えたいと思うのですが(本当にお待たせしてすみません)、その布石というか準備として、質問者さまの質問に関連するであろう、ピーター・シンガーの論文についてまとめてみました。

飢えと豊かさと道徳

飢えと豊かさと道徳

 

 

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ピーター・シンガーと動物実験

 ピーター・シンガーの動物解放論やトム・レーガンに始まる動物権利論は、動物の利益に人間の利益と同様の重みを与えるという点で、従来の動物愛護運動と一線を画する。動物愛護運動はあくまでも人間の利益を優先した上で、動物の利益にも「そこそこの」配慮をしましょうという立場であった。動物解放論や動物権利論はそのような態度を種差別と批判し、両者の利益を平等に配慮すべきと主張する。

 

 であるから、昨日の記事「動物を虐待してはならない理由」のアンケートで、ピーター・シンガーはB3の立場に該当するとした。これについて、懇意にしている友人から、「シンガーは人間のための動物実験に賛成しているので、B2の立場ではないか?」という指摘を受けた。

 

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動物を虐待してはならない理由

 動物に道徳的地位を認めるということは、動物が動物自身の資格において配慮に値するということを意味する。それは、他の何者かの利益のための派生的な考慮からではなく、動物自身の利益に独立した倫理的意義を認めるということである。簡単なアンケートを紹介したい*1

 

人間は動物を虐待してよいのでしょうか?

 

(A) 人間は動物を虐待してよい

(B) 人間は動物を虐待してはならない

 なぜなら

 (B1) 動物虐待は人間に不利益を与えるから

 (B2) 動物の利益も人間の利益ほどではないが配慮されるべきだから

 (B3) 動物の利益は人間の利益と同様に配慮されるべきだから

 

*1:伊勢田哲司「動物解放論」、加藤尚武〔編〕(2005) 『環境と倫理:自然と人間の共生を求めて』有斐閣アルマ、pp111-134のアンケートを改変した。

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「動物の権利」の混乱と整理

昨日の記事で「道徳的地位」なるものが意味するところを整理した。

動物の道徳的地位についての整理 - ピラビタール

続いて、「動物の権利」という語の意味するところについて、整理する。ある者は動物の権利を動物福祉と同様の意味で捉え、またある者は基本的人権と同様の不可侵の権利と考える。このように同じ言葉を論者によって異なる意味で使っていては混乱を呼ぶばかりである。というわけで今回の記事でその意味を整理しておきたい。動物に権利があると言うとき、その人は何を主張しているのか。昨日の記事と同様、デヴィッド・ドゥグラツィアの『動物の権利』を参考にする。ドゥグラツィアは動物の権利の意味を3種類に分けて解説する。

 

①道徳的地位の意味
②平等な配慮の意味
③功利性を乗り越える意味

 

「動物の権利」という語で意味するものを、弱いものから強いものへ順に並べると、上のようになる。「道徳的地位の意味」における権利はもっとも弱い権利概念であり、「功利性を乗り越える意味」における権利は強い権利概念である。今回はこれに第四の権利の意味「④市民権の意味」を加え、解説を試みる。

 

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